我が敬愛するミュージシャンたち
Queen 
僕がクイーンを初めて聴いたのは、中学生の時、曲は当時ヒット中だった「ボヘミアン・ラプソディ」である。後に、クイーンのアルバムが東芝EMIから再発された時、『オペラ座の夜』の帯に“ラジオからボヘミアン・ラプソディが流れてきたあの日、僕の青春は始まった”というコピーが書いてあって、正に自分のことではないか、と思った記憶がある。僕に限らず「ボヘミアン・ラプソディ」に強烈な印象を持っている人は多いだろう。ファンであろうとなかろうと。確かにあの曲は色々な意味で強烈だった。現在ほどではないにしろ、当時もヒットする曲のパターンというのはある程度決まっていたし、そんな中でイントロ無しのアカペラで始まり、構成がめまぐるしく変わり、6分近い演奏時間のシングルなんて常識破りもいいとこだったのだ。所が、この曲はクイーンが既に人気を確立していたせいもあり、ラジオでもよくかかり、ヒットした。日本だけの現象ではなく、英米でも大ヒットだった。クイーンの本拠イギリスでは9週連続でチャートのトップに立ち、アメリカでも初のトップ10シングルとなると同時にミリオンセラーとなった。そして、アメリカでも成功を収めたクイーンはワールドワイドなロックバンドの仲間入りをする。「ボヘミアン・ラプソディ」はそういう意味を持つ曲だ。ただ、単にクイーンの代表曲というだけで片付けられない何かがこの曲にはある。僕はその何かにとり憑かれ、それ以来20年以上もクイーンを聴き続けてきたのだろう。長い年月が過ぎても、自分の中では決して風化することなく、もちろん飽きるなんてことのない「ボヘミアン・ラプソディ」、そしてクイーンの魅力。未だに、きちんと説明出来る言葉を僕は持っていない。何故クイーンが好きかと聞かれたら、好きだからとしか答えようがないのである。結局、このまま分からないままで終わるのだろう。ただ、分からないけど、僕にとってクイーンのレコードを聴くことは無上の喜びである。いつの時代のアルバムも素晴らしく、聴く度に新たな発見があり、何百回となく聴いた曲でもいつも前回のことなど忘れたように感動する。ロックを聴き始めた頃、聴く物聴く物全てが新鮮で衝撃的で、感動の日々だったことがあるが、残念ながら耳も感性もすっかり慣れてしまった今はそんな気持ちになることは滅多にない。しかし、クイーンのレコードを聴く時だけは違う。いつも初めて聴いたような気分だ。こんな気持ちになれるのはクイーンだけなので、これはもう理屈ではない相性の問題なのであろうか。
ただ、冷静にクイーンというロックバンドを見てみた場合、やはり非常に優れたバンドであったことは間違いのないところであろう。見た目の華やかさ、演奏技術、アルバムのトータル性、シングルヒットの多さ(つまり、作曲能力の高さ)、実験的精神、等々どれをとっても恐るべしレベルの高さである。かつて、渋谷陽一氏は優れたロックバンドはヒット曲が出せて、アルバムも出来が良くて、アイドル的側面もあるものだ、と言っておられたが、正にクイーンのことではないか!(もっとも、渋谷氏は他のバンドのことを言ったのであるが) また、あまり話題にのぼることはないが、クイーンがすごかったのはデビューしてからフレディの死により解散を余儀なくされるまでの20年弱の間、一度もメンバーチェンジがなかったことである。世間に長命バンドは多いが、20年近くメンバーが変わらず、しかも第一線でやってこれたのはおそらくクイーンだけである。ストーンズもキンクスも長いけど、その間メンバーは変わっている。長いことやっていれば、煮詰まることもファンに飽きられることもあるだろう。メンバーを変えて、新しい方向性を打ち出すことも必要だろうし、解散して新たにやり直すのも仕方ない場合もある。別の手としては、あえて新しいことはせず懐メロ専門のノスタルジアサーキットに専念することでバンドを存続させることも出来る。クイーンはメンバーチェンジも解散も一線を退くこともせず、バンドを続けていった。これは、メンバー個々の力量が並ではなかったことを証明している。最初はフレディとブライアンが主導権を握り、転機が必要な時ジョン又はロジャーが新しい方向へリードした。彼らは常に革新的であり続けた。決して「ボヘミアン・ラプソディ」にいつまでもこだわっているバンドではなかったのだ。僕はロックバンドが真にロックバンドであり続ける為には、革新的でなければならない、と思っている。クイーンはロックバンドであり続けた。それも、他人の手を借りずに自分達だけでやってのけたのだ。音のみならず、80年代にはビジュアルの可能性も見抜き、次々と印象的なビデオクリップを制作したことでも、彼らの非凡さが分かる。こんなすごいバンドが他にあったろうか。誰も言及しないけど。
こんなにすごいバンドであったにもかかわらず、日本では彼らは正当な評価を受けることはなかった。確かに、70年代はメディアに取り上げられることも多かったし、アルバムも常に話題となった。しかし、80年代以降、つまりクイーンに革新的な姿勢を見せていった頃から日本のマスコミはクイーンについて行けなくなってしまった。アルバムが出るとレビューに登場するのは決まって「セカンドアルバムを思わせるコーラス」だの「80年代のボヘミアン・ラプソディ」だのといった言葉ばかり、それもクイーンファンを広言する女性ライターが必ずそういうことを言うのだ。結局、過去の作品の呪縛から逃れられなかったのはクイーン自身ではなく、音楽ジャーナリズムの方だったのだ。彼らはついに、クイーンを評することを諦め、1989年に出た『ミラクル』はクイーンにとって80年代最高といっていい内容であったにもかかわらず、日本のジャーナリズムはこのアルバムを黙殺した。そして、フレディが不慮の死を遂げるまで彼らはクイーンを封印してしまうのだ。そんな日本のジャーナリズムに現在クイーンを語る資格はない。クイーンを語るといっても、語彙の少ない彼らのこと、せいぜいメンバーに会ったことがあるのを自慢するだけだ。特に、元ミュージックライフの記者にその傾向は顕著である。
しかし、そんな時代が続いてもファンはありがたい、クイーンのアルバムは80年代以降も日本でも必ずオリコンのトップ10に入り、根強い人気をうかがわせた。ジャーナリズムが無視しても、ファンはクイーンを理解し、ついて来たのだ。ファンの一人として、とても嬉しい。
クイーンというバンドがもう存在しない以上、新しいレコードが出ることはない。僕個人としては、そんな寂しい状況にはとても耐えられそうにもないので、出来たら70年代の頃のライブ音源をCD化してくれないだろうかと思っている。最近、ツェッペリン、フー、ジミヘンといった大物のBBCライブとかが発売されて評判になっているが、クイーンもBBCにかなりの音源を残しているはずであるし、一気にとは言わないが、一年に一枚づつくらい出してくれないかな。心待ちにしているファンも多いと思うのだが。
綿々と書き綴ってきたが、全てにおいて唯一無比の存在、それがクイーンだった。冒頭のコピーにもあるように、僕の青春はクイーンと共にあったのかもしれない。こんなバンドのファンになれて、僕は幸せだったと言うべきか。
NOTE 1999.12.19