我が敬愛するミュージシャンたち
Deep Purple
我々の世代がロック体験について語る時、ディープ・パープルは避けては通れない存在である。好きであろうとなかろうと、「スモーク・オン・ザ・ウォーター」を一度もギターで弾いたことのない人はいないと言ってもいいだろう。そう、パープルを語る時必ずと言っていいほど、楽器を持つきっかけがパープルだった、という話が出るのである。一世代前ならベンチャーズ、後ならBOφWYに匹敵する影響力があったのだ。ただ、この2バンドとやや違うのは、ギターのみならず他の楽器奏者にも影響を及ぼしている所だろう。大変失礼ながら、ベンチャーズやBOφWYを聴いていきなりベースやドラムをやろう、と思った人はほとんどいないだろう。彼らはギターバンドとしてのスタイルをはっきり持ったバンドで、ベースやドラムはあくまでも脇役である(悪いと言ってるのではありません)。言うならば、おいしいとこは全てギターが受け持っているのだ。パープルは少し違う。確かに、リッチー・ブラックモアというひと頃カリスマだったギタリストがいたが、他のパートにも十分見せ場がある音楽をやっていた。だから、少年たちにも「ギターがやりたい」ではなく「バンドがやりたい」と思わせることが出来たのだ。実際、ローリング・ストーンズは僕もとても好きなバンドだが、聴いてるとギターを弾く真似をしてしまうのに対し、パープル或いはツェッペリンの場合はちゃんとドラムを叩くポーズをとっている(言い忘れましたが、僕はドラマーです)。パープルは、いわば全員が花形であったバンドなのだ。80年代以降のHR/HMにおいては、パープルは技術的には一段低い評価のようだが、決してそんなことはない。それほど難しいことをやっていない、というだけで下手なバンドではない。素人が自分にも出来そう、とその気になるのはいいが、いざやってみると思ったほど簡単ではない、というのがパープルの音楽なのである。実際、僕は今自分のバンドでパープルの曲を4曲ばかりやっているが、今さらながら一筋縄ではいかないことを思い知らされている。やってみて初めて分かることでもある。で、結論、パープルの音楽は深いのだ。バカにしてはいけない。
周知の通り、世間ではディープ・パープル=ハードロックというイメージが定着している。しかし、T期からW期までメンバーも違えば音楽性も違い、通して聴くとハードロックというジャンルだけでは括れないバンドであることも、皆さん御存知であろう。ここでは、パープルというバンドを正しく理解して貰うべく、各時代ごとのディープ・パープルを改めて振り返ってみようと思う(注:再結成後の80sパープルは無視します)。
第T期 
デビュー当時は「イギリスのバニラ・ファッジ」的な売り方をされてたらしい。アルバムを聴いてみると、それも理解できる。この頃の特徴はサウンドの中心がオルガンであること、そしてカバー曲が多いことだ。バニラ・ファッジがビートルズ、シュープリームスなどのヒット曲を原型をとどめない大胆なアレンジで演奏したように、T期パープルもビートルズ、ニール・ダイアモンド、アイク&ティナ・ターナーらの曲をジョン・ロードのオルガンを中心に据えた、ややサイケなアレンジでカバーした。バンドの方向性を一般の人に分かって貰うには一番手っ取り早い方法だったのだろう。成功してるとは言い難い気もするが。僕個人としては、この時期はサイケなカバー曲より、妖しげなオリジナル曲の方がずっと良いと思う。例えば、「小鳥は去った」「シールド」「影を追って」といった曲だ。特に複雑な展開は見せず、同じような雰囲気で続いていくこれらの曲には、サイケな空気も少し感じられ、後にハードロックバンドとして名を馳せるとはとても思えない。幻想的、と言ってもいいか。ロッド・エバンスのボーカルがまたムーディーで良い。このまま行ったらカルトなプログレ・バンドとしてムーディ・ブルースあたりと張り合ってたかも、なんて想像するのも面白い。色々なイメージが湧いてくるサウンド、と言っていいと思う。
第U期 
いわずとしれた、ハードロックバンドに転身し、大成功を収めた時代である。ただ、定番曲以外に色々やっているのが、パープルの面白い所で、その点ではこの時期のラスト作『紫の肖像』を僕はお薦めしたい。ハードロックのイメージが染みついてしまった中で、そのイメージを壊さず、尚かつ違った方向性を模索しているのが面白い。名作と言われる『イン・ロック』や『マシン・ヘッド』で自分達が作り上げてしまった“様式”から、自ら抜け出そうとしている姿勢が感じられるのだ。あまり評価は高くないが。ただし、パープルは後の再結成の際、その“様式”から脱出できない哀れな姿をさらけ出してしまったが。
とはいえ、この時期人気が高いだけあり、名曲が多く、アルバムもテンションが高い。「ハイウェイ・スター」や「スピード・キング」を聴いて、今でも血がたぎってくるような思いにとらわれるのは、僕だけではないはずだ。個人的には「ウーマン・フロム・トーキョー」とか「ネバー・ビフォア」あたりが好きです。
第V期
第U期に『紫の肖像』で試みた“様式”からの脱出を、結果的に実行してしまったのがこのV期であろう。この時期に残した2枚のアルバム、『紫の炎』『嵐の使者』共これまで通りのハードロックから、ファンキーなテイストを加えた曲まで、バラエティに富んだ好盤である。イアン・ギランの後釜として入ったデビッド・カバーデイルはただシャウトするだけでない、表現力豊かなボーカリストだが、最初からバンド側はポール・ロジャースに加入を打診するなど、イアン・ギランとは違うタイプのボーカリストを求めていたようで、ハードロックからの脱却を目指すにはまずボーカルからイメチェンを、と考えていたのだろう。もちろん大正解、カバーデイルのおかげでパープルは多彩な面を持つバンドとなった。もちろん、カバーデイルとツインボーカルを競ったグレン・ヒューズのことも忘れてはいけない。ボーカルを換えることで、バンドも変えていったパープルはやはり、凡百の様式バンドではないのである。僕個人のお薦め曲は「ユー・キャント・ドゥー・イット・ライト」である。ファンキーな2人のボーカルもいいが、リッチーのバッキングがあれ?と思わせる。らしくないけど、カッコいい。リッチーの意外な一面も窺える。
第W期 
カリスマ・リッチーの抜けた穴を、トミー・ボーリンはあっさりと埋め、尚かつリッチーには出来なかったであろう新しい感覚をパープルにもたらした。W期では一枚しか作られなかった『カム・テイスト・ザ・バンド』は、多彩なリズムに満ちた名盤である。パープルは全く違うバンドに生まれ変わったと言っていいだろう。後年、イエスにトレバー・ラビンがもたらしたのと同じ効果をボーリンはパープルに与えたのだ。一枚だけなんて、本当に惜しい、このまま続けて欲しかった。とはいえ、パープルの名前は残ってる訳で、ボーリンはツアーで「スモーク・オン・ザ・ウォーター」等を相変わらず弾かされるのが、嫌でたまらなかったらしい。そりゃそうだろうな。でも、ファンは要求するし、正に板挟み。辞めたくもなるだろう。メジャーなバンドに加入するのは本当に覚悟がいることなのだなあ、と実感した。でもとにかく、このアルバム必聴です。パープル嫌いでも、聴いて下さい。
と、長々とパープルについて語ってきたが、単に様式系HRの元祖というだけでない、ディープ・パープルをもっと評価して欲しいと思う。もちろん、80年代以降に登場した様式系バンドよりパープルの方がはるかにカッコいいのは事実なのだが。ちなみに、僕にとっては今でも一番好きなドラマーの一人はイアン・ペイスである。
ディープ・パープルは現在でも活動中だ。スティーブ・モーズという若いギタリストが頑張っているらしい。しかし、その90sパープルを僕は一度も聴いたことがない。正直言うと怖いのだ。つまんなかったらどうしよう、と思ってしまうのである。もし、今のパープルがつまんないバンドだったら、本当に昔の名前のみで生活している過去の遺物になってしまうのでは。僕はそれを恐れている。ディープ・パープルはいつまでも、カッコいい現役でいて欲しいのだ。でも、それは無理な望みだろうか。
NOTE 2000.2.5